涼宮ハルヒの贈物





 雨は夜更けすぎに雪へと変わるだろう。
 そんなフレーズを俺は思い出しながら、よく分らんことに巻き込まれている自分を至極、客観的な目で見てみた。軽く変態である。
 手は黒いプラスティック製の蹄、同じく角、それらを生やす茶色いごわごわした衣装は誰が見てもトナカイだ。
 そう今日はクリスマスで、どっかの誰かが望んだのか知らないが、ホワイトクリスマスというロマンティックな響きに満ち溢れているが、俺の気分はドメスティックに近い。あぁいっそ暴れてしまいたい。
 しかしそれがそうもいかない、なんせ俺がトナカイって言う時点で大体分るだろう?こいつが居るって事を。
「ちょっとキョン!早く行くわよ!」
 涼宮ハルヒだ。
 何を思ったか知らないが、自分は真紅の衣装に白いファーのついた服を着ている。同色で揃えられているのはサンタ帽で、その全貌はまさしくサンタクロースだ。
 その後姿を眺めつつ、改めて自分たちの状況を確認。なにやってんだろうね?
 ちなみにサンタの象徴ともいえる白いプレゼント袋は俺が持たされている。
「なんでこんなことしてんだ・・・?」
 自分に問いかけてみても、思い起こされるのは、ちょっとしたワンシーンだけである。
 本日のSOS団のミーティングのあと、ハルヒが俺に向かってこう言い出した。
「サンタクロースとなって、子供たちに喜んでもらったら本物のサンタからのオファーが来るかもでしょ!?」
 この一言で、今日の俺の一日は決定された。他の部員はどうやら色々と用事があるらしく、逃げるようにして断っていった。絶対用事なんかないね。
 そして拒否権を発動させる間もなく、俺はこの衣装に身を包まされ、夜の街を徘徊することになったのだ。
「俺はサンタを信じてもいないし、何気にお前のやってることは犯罪行為だぞ・・・?」
 そんな俺の言葉にハルヒは当然動じることなく、こう答えるのだ。
「サンタなんだから罪には問われないわ!!」
 あぁそうかい・・・。
「さぁもうちょっとで目的地よ!」
 半ば諦めて、ずんずんと足を進めるハルヒに、とぼとぼと着いていく俺。普通トナカイが前で先導するもんなんだがな。赤い鼻のもってないトナカイはこんなもんの扱いさ。
「着いたわ、ここね・・・フェン宅は」
 それは多分本名じゃないぞ。
「分ってるわよ・・・さて、どっから侵入しようかしら」
 にやりと笑い、家の全容を眺め、侵入経路の構図を頭に描かせているようだ。まるで不法侵入を楽しむ国家のスパイがサンタのコスプレをしているっていうような風体だ。完全に不審者に成り下がった俺たちだが、奇跡的に今まで誰の目をはばかることなく、ここまで到達できたのがせめてもの救いだ。
「よし、あそこからああいって、そこの窓から入るわよ」
 そんな簡単にいくわけねぇだろ。なんて意見はとっくの昔に捨ててしまった。なんだって涼宮ハルヒだからな・・・。理由になっていないようでいて、最高の理由だと思うぞ。
 さて、蛍光灯の明かりが漏れていることに何の疑問も持たないのかねぇ、この女は。
「さ、いくわよ〜」
 といいながらスイスイと窓に向かっていくハルヒ。着いていくのが精一杯だ。
 一足先に着いたハルヒが、ん?と声を漏らしている。と思ったらすぐに笑顔を作り、指先を窓に突きつける。
 そこで俺がハルヒに追いつく。
 中にはおそらくフェン氏であろう男の子が、ハルヒと同じような笑顔で窓ガラスの曇りを手で払っている。
 そしてハルヒが窓に白い息を吹きかけ、その上を指が滑らかに動いて、ある単語を描く。
merry X’mas
 この一言が、ハルヒのプレゼントだったらしい。なんて安上がりな・・・。
 袋はただ雰囲気を出すためらしいが、俺がもうすでに下に置いてきてしまっている。あんなもん抱えたまま登れるか。
 ハルヒはどうやらフェン氏にお礼がしたかったようだ。なんのって?毎日お世話になってるからね。ってことらしいが、詳しいことはここの小説をご覧になってくれ。おそらく皆さんも納得するから。
 ともあれ、俺たちがここまで来たことをフェン氏が喜んでくれたとしたら、それはそれで意味あることで、俺がこんな人生最大の恥部を大解放しつつ、町を練り歩いた甲斐があったってもんだ。
「あんた、これからもがんばりなさいよ〜!」
 フェン氏が窓を開けようとするが、なかなか開かないらしい。
「そのまま!私はサンタクロースよ。捕まるわけにはいかないの」
 しかし、フェン氏は強行で窓を開けたようだった。
 まぁその頃には、俺たちの姿は消えていたんだがな。トリックは・・・まぁ長門絡みとだけ言っておこうか? 
 あっけに取られて、窓の外をきょろきょろしているフェン氏を見下ろしながら、ハルヒは特上の笑顔でつぶやいている。
「ばっかな奴ね〜、サンタクロースがそんな簡単に捕まるもんですか」
 捕まったら色々とやばいしな。
 とまぁ、そんなクリスマスの夜の一コマ。クリスマスが終われば次は年末の忙しさに追われることにげんなりしつつ、雪で滑り落ちそうになる屋根の上、ハルヒと肩を並べて俺はプラスティックの蹄を見つめ、よくもまぁこんな手で登ってたなぁ。なんてことを考えていた。