かなりの年代物の本がある古本屋に行けば、ちょっとは魔法の書が無いかと期待してしまう。
しかし現実に魔法があったらどうなる?
火の魔法が使えるならば辺り一面火の海。
水の魔法が使えるならば水没。
などと大変な事態になってしまう。

「魔法ね… ちょっとは使える気がするんだけどなぁ…」

そんなわけありません。
頼むから面倒な事はしないでくれ。

「魔法… うん、使えるわよきっと!!」

お前は真性の馬鹿か?

「ば…馬鹿とは失礼ね…」

どこに魔法が使えると信じる高一がいるんだ。
ファンタジーな世界に行きたいならば漫画を見て空想したほうがいいぞ。

「あたしが使いたい魔法は攻撃的なやつじゃなくて、もっと世界を楽しめるようにする魔法よ!」

攻撃的な魔法が存在する、という事実だけで世界は面白いと思うが?
それともなんだ? 木を生やしたりとか、そういう系か?

「つまんないわよそんなの」





最近のハルヒはやたらとファンタジーな世界の話をする。
何に影響されたのかは知らないが正直大迷惑だ。
毎回ハルヒとファンタジーな話をする毎に、俺と宇宙人関係三人は戦うはめになってんだぜ?

ファンタジーゲームに出てきそうな敵たちと。

一昨日は巨大なタコ。
五日前は巨人。
六日前なんてドラゴン…。

今、ハルヒの頭の中はどうなっているかなんて想像出来ない。

「やっぱり攻撃的な魔法も欲しいわね」

戦争でもしたいのか、こいつは…

「キョン、今からこの紙に自分の頭の中で想像する一番強そうな敵を書いて」

これが問題なんだ。

毎回俺が書いた敵と戦うことになっている。

適当にトカゲ書いたらドラゴンに進化してたし…
次にひ弱そうな人間書いたら巨人になってたし…
タコ書いたら巨大化するし…

大迷惑だ。

「ほら、早く書きなさい」

何を書こうか。










思い付いたものを想像して必死に紙に写す。
これなら巨大化しても対処出来そうだし、他に変わることも無いだろう。

「何これ?」

「見てわからんか。 犬だよ犬」

犬。
凶暴な犬なら対処不可能だな… 今更後悔…

「弱そうね…」

俺が書いたのは『ミニチュアダックスフンド』に近いもの。
何気に自分に画力があるのな驚きだ。
そして、この犬なら勝てる気がする。


「まぁいいわ、そのうち現実に出て来るかもね」

出て来るというかペットショップにいるけどな。

「んー、そうね。 キョン、ちょっと寄りたい所あるから付き合って」

「なんだ? 晩飯の材料か?」

「違うわよ、なんでもいいじゃない」

「へいへい」


最近ハルヒのいいなりになった俺。 昔からだけどな。


本日二人しかいない部室から出て、夕暮れに染まる廊下をハルヒと並んで歩いていた。
適度に触れる手がうっとおしいのでハルヒの手を握り、黙って歩く。
顔は赤いのかもしれんが夕暮れでわからんだろう。

「あんたもやっと自分からになったわね」


ハルヒと付き合いだしてから約4ヵ月。
ハルヒに突然告白された俺は、告白を受け止めた。

「ハルヒ、魔法なんてないからな」

俺としては無い事にしてほしい。
っていうか無い。

「あんた引っ張るわね… そういうと逆にあるみたいじゃない」

まぁそれもそうなんだが…

「例えば… んっ、と」

「は?」

例えばなんだよ?
よく聞こえなかったんだが…

「今の一瞬で世界の何処かで木が急激に成長してたらそれは魔法よ」

「願ったのか…?」

「まぁそうね」

100%世界の何処かで木が成長したな。
たのむから内密に片付けてくれ…
もし事実がハルヒの耳に入ったら…

世界が一気に変化する…















「ついたわよ」

目の前には巨大な犬が。

看板に描かれた絵だがな。 そこには『ペットショップ』と書いてある。

「何故こんな所に?」

「しょ、将来もし結婚したら犬飼うかもしれないでしょ? したみよ、したみ」

結婚ってお前… 色々と考えるのが早くないか?
俺なんて明日生きてるかだけで精一杯なのにな…

「中に入るわよ」


とりあえず店の前で突っ立ってるわけにもいかないので、入場。








「キョンはどれが好み?」

目の前にはカプセルホテルみたいなのに入れられた犬がズラリと。

「紫犬かな」

あまり毛が長くなくて中型犬が俺は好きだ。
毛がありすぎると、うっとおしくてたまらん。

「ふーん、まぁ一理あるわね」

だろ? 一々毛の手入れしなきゃならんし、洗う時も大変だ。

「まぁ、あたしも柴犬ね」

なんだ、こんなところで一緒の答えが出るのか。

「キョン、あっち見に行きましょ!」

ハルヒに腕を組んだ状態で引っ張られて、自分の意思では動けない状態だ。
女性なのにこんな力あるなんてな…


















「キョン、また明日会おうね」

「あぁ」

帰り道の別れめで、今日の俺とハルヒの会話は終了した。

最後にお別れの口付けをして…

しなくてもいいって…






ここから始まる新たな冒険。
冒険とはいかないが、ボス戦だ。
ハルヒの姿が完全に見えなくなるまでその場に立っていた俺。

「こんばんは」

いつもの爽やかスマイルが闇から出てきた。
その横に長門と朝比奈さん。

もう長門は準備万端体制だな。
朝比奈さんは…

「キョン君… 今日はどんなもんすたーが出てくるんですか…?」

正直なところ俺でも分かりません…

「一応弱そうな犬を描いたんですが…」

「子犬ちゃんですか…? だ、ダメですよ… 可哀相…」

朝比奈さん、安心してください。
可愛い子犬が出る確率は0%ですから。

「…そろそろ」

「いいぞ、長門」

俺の声が切れた瞬間に長門の口が高速で動きだした。
最近よくみる呪文だ。

呪文と魔法はどう違うのだろう。

とか考えているうちに、戦場に到着。



ドシュュゥゥンッ…






「な、なんなんですかここは…」

言いたい事は、よーくわかりますよ朝比奈さん。

「気味悪いですね…」

確かに気味が悪い。
ここが戦場ってのが嫌だ。

「敵の一番好都合な場所と思われる」

なるほど。

いや、待て。

何故子犬が好都合な場所が…


「墓場って…」


「わからない。 予想の範囲では今回の敵が子犬では無い事」

だろうな。
子犬ならサファリパークとかが妥当だろうしな。

「来る」







地平線の向こうから何かが物凄い速さで接近してくるのがわかる。
なんだありゃ…

目を細めてもよくわからない…

「逃げて」

「!」

とりあえず朝比奈さんの手を引っ張り右側へ走った。

長門と古泉は左へ。

朝比奈さんはもう希望を捨てた感じになっている。
まだ勝負は始まってませんよ!


「グルアアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

鼓膜が破れそうな程にデカい叫び声。

一瞬で後ろを駆け走っていった何か…





ていうか早っ!
時速で表わしたら900km/hぐらいあるぞ…

当たったら即死だな…






「もう一度来る」

長門のギリギリ聞こえるぐらいの声を耳に入れた瞬間、子犬(?)の走り去った方向に視点をあわしたら、既にそこには、

「ガルルルルルルルル…」

今回の敵がいた。

多分犬科だろうと思われるソイツは、子犬の次元をはるかに超えて、相当なデカさだ。
口からはダラダラとよだれを垂らし、ん?あれよだれか? 多分硫酸だろうな、地面溶けてるし・・・

「これは厄介ですね…」

いつもの古泉のスマイルは完全に消えていた。
厄介だ。 子犬ならまだ勝てる感じなのだが、もうこれは勝率が0%と言ってもいいだろう。

「ウオオオォォォォォォンッッッッッ!!!」

既に的は戦闘体型だし時間がなさそうだな。
よし、俺が命名しよう。

『ケルベロス』だ。