※CAUTION!!―ご注意―



この作品はフェンさん著『涼宮ハルヒの幸福』の番外編にあたるお話です

そのため、作品中のハルヒたちの学年や、その他の設定は『涼宮ハルヒの幸福』のものを使用しています

作品中の時間軸は『幸福2』の直後からの続きとなっています

そのため、この作品をお読みになる前に『涼宮ハルヒの幸福』および『幸福2』を

あらかじめ読んでおくことを強くオススメします















『涼宮ハルヒの幸福 another episode』










『恋愛感情なんて一時の気の迷いよ』
こいつは一年前、そう言っていた

しかし人間、何がどう転ぶかわからないもので…
現在、俺の自転車の後ろに乗りながら満面の笑みを浮かべている女

涼宮ハルヒ

そのハルヒは昨日から、俺にとって特別な存在になった
そう―――


俺たちは、いわゆる『恋人』というものになったのだ










五月初頭。
俺は今、ハルヒの家へ向かって自転車をこいでいる。
ハルヒは俺の後ろに乗り、
「さあ、もうすぐ家に着くわよ!気合入れて走りなさい!!」
恋人になったといっても、相変わらずこんな調子で俺に命令してくる。
まあ昨日の今日じゃな。
だがなハルヒ、お前は乗っているだけだから楽かもしれんが、こちとら結構キツいんだぞ。
そんな不満を抱きつつ、しかし口に出すのは眠っている龍の逆鱗をわざわざ金属バットで叩くくらい愚かな行為であることは
目に見えているので、俺は文句の代わりにお決まりの一言をつぶやいた。

「やれやれ…」

まあ、こんなやり取りも毎度毎度続けていれば結構楽しいと感じられるようになってきていたりするもので。
いいのか悪いのか、
慣れってものは、本当に恐ろしい。

まあこんな感じのいつものやり取りを続けながら、俺は昨日の出来事を思い返していた。

そう―――


俺たちが、いわゆる『恋人』というものになったいきさつを―――。










二年生になって一段と勉強が難しくなった。
正直、わかんねぇ。
そのため、昨日俺は放課後に部室でハルヒから勉強を教わっていた。
………というのは間違いで、こいつは俺から受講料のパンとジュースを受け取り、
あっという間に食ったと思ったらすぐに寝始めやがったのだ。
なので、正確には一人で復習をしていた。
ハルヒが起きるのを待っているうちに夜になってしまい、じゃあ帰るか、と思ったら、


「パンご馳走さま。あたしは借りを作るのが嫌いなの。代わりに夕食ご馳走してあげるから、食べていきなさい」
ハルヒから突然の申し出があった。

そしてハルヒの家へ初めて行ってみた俺だったのだが…。
いや、つくづくこいつは完璧なんだな、と改めて思ったね。
なんせ、俺からみても間違いなく大きな家だったからな。

そしてハルヒは俺に手作りのカレーライスとサラダをご馳走してくれた。
カレーなんて同じルゥなのだから誰が作っても美味い、と思っている奴がいたらそれは間違いだ。
それくらい、こいつのカレーは美味かった。
母親には悪いが、こっちの方が美味かったぞ。



そして―――――
今もはっきり思い出せる、
ハルヒの、あの言葉を聞いた。



『あたしは、キョンのことが好き。…あんたは宇宙人でも未来人でも、異世界人でも超能力者でもない。けど』
『キョンが側にいてくれるだけであたしは楽しいし、幸せ…。だからキョンにずっと側にいて欲しいと思ってる』
『あたしも一年前、キョンが初めて話しかけてきたときはあんたのことを変な人だと思った』
『だけど、日に日に話していくうちにあたしは心を動かされていった』
『今ではもう、キョンがいなくなったらと思うと、あたしは…』



ハルヒの心からの本音を聞いたとき、俺も自分の中にずっと存在していた素直な気持ちを伝えることができた。



『ハルヒ、俺も…お前のことが好きだ』



そうして、お互いの本音を伝え合った俺たちは、
『恋人』になったんだ。



夕食を食べ終わった俺が帰ろうとすると、外はありえないほどの暴風雨だった。
そのため、俺はやむなくハルヒの家に泊まることになったのだ。

今ならわかる。
あれは、ハルヒが俺に帰って欲しくなくて無意識に願った結果だったんだ。

まあそんなわけで足止めを食らった俺は、付き合いだした初日にハルヒの家に泊まることになったわけだ。
ハルヒの親が不在でよかった。いきなり彼女の親と鉢合わせというのは彼氏としても色々と心の準備ってもんが…な?

そして今日はハルヒと最近評判になっていたテーマパークへ行ってきたのである。
いや、ハルヒの意外な一面を発見できただけでも行った価値はあったね。

明日も休日。ハルヒの親は今日も不在というので、俺が再び泊まることになっている。


そうして、現在まで至るわけだ。










「なあハルヒ、今日の夕食はどうするんだ?どこか食いに行くか?」
「んー、今日はたくさんお金使っちゃったから、それはまた今度にしましょ。今日もあたしの手料理をご馳走してあげるわ、感謝しなさい」
俺としてもそれがありがたい。自分で言っといてアレだが、実は結構サイフがピンチなんだ。
このままでは次回の市内不思議探索で俺がお前たちに奢れるかすら危ういのでね。

そんなことを考えているうちに、ハルヒの家が見えてきた。
家に到着した俺は、この情景に再び昨日と同じ感想を抱く。

…やっぱりでけぇ。

「どうしたのよ?昨日来たばっかりじゃない、早く入りましょ」
はあ、こいつにとってみればこれくらいが普通なんだろうな。

そうして、俺は涼宮家に、二度目の来訪を果たしたのである。





さて、今日も手料理をご馳走してくれる、と言っていたが…、
「今日は何を作るんだ?」
「ん〜、そうねぇ…。あんたパスタ好き?」
「うむ、スパゲティはなかなか好物だ。好きな味は…」
「じゃあカルボナーラを作ってあげるわ、とびっきり美味しい奴をね。もう美味しすぎて涙流しちゃうわよ!」
さも当然のように言うハルヒに、正直驚いた。
どうしてわかったんだ?
「ん?なんとなくよ。あんた見てたら、ね。」
ふふっ、心が通じ合ってるのかもね
そう付け加えて、ハルヒは俺にウィンクをした。
これも女の勘って奴かね。

まあともかく、これで今夜の献立も決まったことだし、俺は邪魔しないようにリビングへ…
「ちょっと、あたしにだけ作らせて、自分はサボる気?働かざるもの食うべからずって言葉知らないの?」
…行こうとしたら、ハルヒにぴしゃりと呼び止められた。
なんだと?それはつまり…
「あんたも手伝いなさい」

昨日は手伝うなとか言ってたぞ、お前…。





ハルヒは、俺の横でソース作りにいそしんでいる。
卵をボウルに割り入れ、挽きたてのパルミジャーノ・レッジャーノとペコリーノ・ロマーノをブレンドし、
粗挽きの黒コショウを加え、よく混ぜる。
ちなみに『パルミジャーノ・レッジャーノ』と『ペコリーノ・ロマーノ』というのはそれぞれチーズの名前だ。
そんなチーズ、見たことも聞いたこともなかった。俺も今日初めて知ったのだ。

…どんだけ本格的なんだよ。
というか、よくそんなのあったな。

「せっかくあんたにご馳走してあげるんだから、食材も美味しいものを使わなきゃね」

ありがたいお言葉である。

続いて、フライパンにオリーブオイルを少々入れ、ベーコンをカリカリになるまで炒める。
ああ、いい匂いだな。
ハルヒの手により着実に完成していくカルボナーラソースを見ただけで、俺は確信していた。
こいつは間違いなく美味い。美味いに決まってる。
自信たっぷりに言っていただけあって、本当に美味そうだ。匂いだけで腹が鳴りそうだぜ。

さて、俺はというと現在、鍋の中で茹でられているパスタとにらめっこの最中である。


「ちょっとキョン、ちゃんと見てなきゃダメよ。パスタは少し芯があるのが一番ベストなんだからね!」
「わかってるよ。アルデンテだっけ?たしか耳たぶくらいの硬さが丁度いいとか…」
本だかテレビだかで見たことが…と付け加えようとしたら、

「そっ、これくらいよ」

電光石火
紫電一閃
言うが早いか、ハルヒは素早く俺の手を取り、自分の耳たぶをつまませたのである。

突然の出来事に、俺の脳細胞ネットワークは大パニックを起こしていた。
さながら、石油が無くなるかもしれないという一報を聞いた人々が、ショックでなぜかトイレットペーパーを一斉に買い漁ったあの事件か、
はたまた、大晦日の夜、日付が変わった瞬間に人々が一斉に携帯で明けましておめでとうメールや電話をするので、電話回線がパンクするかのような、
そんな状況である。

シナプスを駆け巡る電気信号は、一瞬のうちに情報を脳の隅々まで運び、
しかしその情報を正しく理解している細胞など無いに等しく、
そのときの俺は、さぞや虚をつかれた間抜け面で突っ立っていたことであろう。

さて、ここで俺は俺自身に問いたい。
俺は今までに自分の耳たぶをつまんだことがあったろうか?
肯、それくらいはある。

では俺は今までに他人の耳たぶをつまんだことはあったろうか?
否、そんなことした覚えはない。

では俺は今までに異性の耳たぶをつまんだことは…
否に決まってんだろ!!

そんな不毛な自問自答を行っていたおかげで、ハルヒに声をかけたとき、かなりの時間が経過していたように感じた。
まあ実際は十秒程度だと思うがな。
「な!ななな…何すんだよ!?」
その一言を喉から搾り出すので精一杯だった。
「ふふん、覚えた?これくらいを目安に茹でてよね」
ああ、おかげでばっちり覚えたよ。しばらく忘れられそうもないくらいだぜ。
てゆーかハルヒ、顔が赤いぞ。お前も恥ずかしかったならするな。

ただ、一つだけわかったことがある。
ハルヒの耳たぶは、俺が今までに触れ、触り心地が良いもの、と判断していたどれよりも、
…やわらかかった。

ヤバいぞ、俺。





「さあ食べましょう」
とハルヒは出来上がったパスタに炒りベーコンを混ぜたソースを手早く絡め、仕上げに粉チーズを少々ふりかけてリビングへと運んできた。
「「いただきます」」
俺とハルヒは同時に食前のあいさつを済ませ、まだ湯気の立ち上るあつあつのパスタをいただくことにした。
では、まずは一口。
ん!?…こ、これはっっっ!!

ハルヒ特製カルボナーラは、本当に美味かった。
一口食べた瞬間、俺の頭の中では『美味!!』という文字が惜し気もなく、でかでかと描かれた。
今まで食べていた『カルボナーラ』という名の食い物が全て偽物に思える。
卵とチーズの濃厚なクリームがパスタの一本一本に絡み合い、
かつ、オリーブオイルでカリカリに炒められたベーコンが、いい感じのアクセントとして食感を楽しませてくれる。
これが、本物の『カルボナーラ』なのだ。
俺は、心の底からそう確信した。

『もう美味しすぎて涙流しちゃうわよ!』
ハルヒの言葉が頭をよぎる。
俺は危うく、涙を流しそうになっちまった。それくらい美味かったのだ。
「大げさねえ。手料理くらい、これからいくらでもご馳走してあげるわよ」
ハルヒはそんな俺の様子を笑いながら、しかしどこか満足そうな表情をしていた。
幸せなときは、美味い飯を食べているとき、と答える人がいるが、その考えに当てはめるなら、自信を持って言える。

俺は今、幸せ者だ。





さて、食事も済んだことだし、しばらく食休みがてら何をしようかと考えていたら、ふとあるものが目に留まった。

ハルヒの持っているDVD

そうだな、ゲームは昨日さんざんやったし、しかもさんざん負けたし、今日は映画でも観よう。
そう思い、ハルヒにおすすめの作品はないかと尋ねたら…
ハルヒは瞳を大きく見開き、銀河系が縮小されたらこんな感じになりそうな輝きをその目に宿して、
「これ!これを観ましょう!!」
と言い、一本のDVDを取り出してきた。
よほどのお気に入りがあったようだ。





その映画は、数年前に公開され、大ヒット作品となった洋画だった。
地上波で放送されたとき、俺も観たことがある。
この作品は、シンプルながらも清々しいまでの直球勝負で描かれた、まさに『王道ラブストーリー』と呼べるものだった。
内容は…

ヒロインが、主人公を想いつつも素直になれないまますれ違い続け
とうとうヒロインがそんな現実に嫌気がさし、主人公の前から去り、孤独に生きることを決意する
しかし、クライマックスの場面で主人公は自分の中でいかにヒロインの存在が大きくなっていたかに気付き
ヒロインを追いかけ、探し出し、自らの正直な気持ちを告白、そしてキス
ヒロインは主人公の胸で涙し、二人はついに結ばれる

まあこんな感じである。

しかし、ハルヒがこんな王道恋愛物が好きだったとはな。
意外な一面、また発見だぜ。
映画は、丁度クライマックスの、主人公とヒロインの掛け合いのシーンに差し掛かっていた。



『元の街に戻りたいと思わないか?一生こんなところにいるわけにもいかないだろ』
『いいのよ、もう。だってほら、あたし自身が決めたことだし。もうあんたのことを考える必要もないわ』

『俺は戻りたい。こんな状況に置かれて発見したよ。俺はなんだかんだ言いながら今までの暮らしがけっこう好きだったんだな』
『…何言ってんの?意味わかんない』

『あんたは、あたしにうんざりしてたんじゃないの?会えば喧嘩ばかりのあたしより、他の娘の方がいいって思わなかったの?』
『思ってたとも。…あのときまではな』

『でもな、俺はここ数日でかなり辛い目にあってたんだ。喧嘩ばかりだったお前は知らないだろうけど、俺は心のどこかでお前が気になってた。お前が知らないだけで、俺の気持ちは確実にお前の方向に進んでたんだよ。それなのに突然いなくなるなんて…あんまりじゃないのか?』
『え…?それって…』

『俺は、お前が好きだ。いつだったかのお前の笑顔はそりゃもう反則なまでに可愛かったぞ。これからもあの笑顔を…見せてくれないか?』
『…バカ………バカぁ!………好き!あたしもあんたが好き!大好きよ!!』



…ああ、何度観ても王道だな。
シンプルだからこそ、観た者に直接訴えかけてくるものがあるんだろうなぁ。
そんなことを思いつつ、ふと横のハルヒを見ると…

ハルヒは
………ただ
……………静かに
…………………泣いていた。



…俺は気付かないふりをして、そっと視線をテレビに戻した。






映画を観終わった後のハルヒは、
「…うあぁぁぁぁぁん…キョン……好き………大好きぃ……」
と感動のあまり、俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくり、
「ああ、俺も好きだよ。だからもう泣くな、な?」
俺はただ、ハルヒを抱きしめ、背中をさすってやっていた。
「キョンは…ずっとあたしの傍にいてくれるよね?」
と、落ち着きを取り戻したハルヒは潤んだ瞳で俺を見上げてきた。
やばい、めちゃくちゃ可愛い。
そんな顔するのは反則だぞ。
普段なら絶対に見せないこんな表情に俺が免疫などあるわけもなく…、
「ああ、もちろんだ」
ただそう答えるしかなかった。
このとき、頭の中は再び軽くパニック状態だった。
普段とのギャップというものは、なんつーか、本当に恐ろしい。



「あたしね、この映画大好き」
そうだな、俺もいいと思うぞ。
「やっぱり最後に二人が結ばれるシーンが最高に感動するのよね」
そうだろうな。あんなにぼろぼろ泣いてたもんな。
「ちょっ!?あんた見てたの?うわぁー恥ずかしぃぃぃ」
ま、まあ不可抗力だ、気にするな。いい作品で感動できることは、人としていいことじゃないか。
「うー、まあいいわ。」
やばいやばい、つい口が滑ったぜ。
「でもね…大好きなんだけど…どうしても最後に嫌な考えが浮かんできちゃうの」
なんでだ?
「映画はハッピーエンドで終わるでしょ?でも、そこから先は描かれてない。」
ああ、そうだな。
「だからこの後、二人がずっと幸せに暮らしたかどうかはわからないのよね?」
…ふむ、そう読むか。
「あたしが前に読んだある映画監督の著書にね、エンディングシーンを撮った後、OKをわざと出さないでおいて、指示がないのを不安になった役者の顔も収録して、その表情を使って、観客に『今が幸せでも、その後にいくらでも不安はくるんだぞ』って皮肉を込めた作品を撮ったって書いてあったのよ」
なるほどな。
「だから、この映画みたいに今幸せな人たちも、いつかは悲しい運命になっちゃうのかなって…思っちゃって…だから…」
ハルヒはまたグズグズと泣き出した。
今度は悲しみによる涙だ。監督め、許さんぞ。

「ハルヒ」
俺はたまらず声をあげた。
「確かに幸せは永遠じゃないかもしれない。でもな、そんなの当人同士の力でいくらでも永遠にできるだろ」
ハルヒのこんな顔は見たくないんだ。
「俺とハルヒが組んでるんだぜ?これ以上の最強カードはどこのタッグチームを探してもいねぇ、いるわけねぇ」
ハルヒは笑顔が何より似合うんだ。
「俺はハルヒを信じてる。だから、ハルヒも俺を信じろ」
ハルヒを笑顔にできるのは、笑顔にするのは、俺なんだ。

俺はハルヒに向かって、自分の中にあったありったけの想いを伝えた。
なんだかすごく恥ずかしいセリフを言っているような気がしたのだが…、
映画を観たせいか?まあ気のせいだろ。
誰も聞いてないし、たまには、な。

ハルヒはしばらく俺を見つめてから、笑顔で、
「うん…信じてるから。キョン…大好き」
と、静かに俺の唇に自分の唇を重ねてきた。

そのキスは、とても優しくて、愛しくて、
…ちょっと、しょっぱかった。





その後、『朝比奈さんの今年の萌え路線はどうするか』だの『今年の文化祭は自主制作映画の他にライブもやろう』だのといった、
たわいもない話を楽しみ、笑顔で聞いていた俺だったのだが…。
途中から脱線し始めたハルヒの話が『宇宙人が地球に来る目的』だの『ビッグフットを捕まえたらどうするか』だのといった、
あらぬ方向への路線変更を始め、いい加減俺の笑顔が苦笑いに変わろうかとしていたとき…。
「あ、お風呂そろそろ沸いたわね」
ハルヒの一言で現実に戻ってくることができた。
「そうだな、食休みもできたし、そろそろ入るか」
と、俺が家から持ってきた寝巻きや洗面用具を手に立ち上がると…、

「今日も…一緒に入ろ?」
顔を赤くしつつ、ハルヒにそんなことを言われた。

…まぢか?
いや、非常に魅力的な提案ではあるが…
「だめ?」
またしてもギャップ攻撃。
だからその顔をしないでくれ。首を横に振れん…



こうしてハルヒの奇襲攻撃により、俺は開戦早々、無条件降伏を余儀なくされ、
現在、この家の相変わらずでかい風呂の中で自らの無力さを嘆きつつ、ハルヒが入ってくるのを待っていた。

スル…パサッ
パチッ………ストン

脱衣所からハルヒの衣擦れの音がかすかに聞こえる。
あぁ、生々しい。
かすかに、というところがより扇情的な表現方法となっていて…
正直、キツい。

と、俺が頭の中で自分の煩悩と必死の攻防を繰り広げていると、ハルヒが入ってきた。


待て、こんな心の準備もろくにできてない状態でハルヒの姿なんて見たら―――

―――――絶句

やっぱ昨日の今日で見慣れろってのが無理な注文なんだ。
そんなことができるなら、俺はとっくに悟りの一つでも開いているか、明鏡止水の境地に達しているだろうよ。
しかしハルヒ、お前、昨日と比べてあんまり恥ずかしそうじゃないな。
…どうやら、悟りを開くのはハルヒの方が先のようだ。
情けないぞ、俺。
そうして、今日も俺は、天国と地獄の混在する入浴タイムを送ることとなった。

「キョンってさ、意外といくじなしよね。もっと堂々としてればいいのに、変に照れるからこっちまで恥ずかしくなるんじゃない」
あのな、昨日も言ったと思うが、目の前に好きな女がバスタオル一枚でいて、興奮するなと言われて本当にしない奴は、よほどの鈍感か不健康な男子か、女の方には興味のない一部のヤバい奴くらいだ。そして俺は、そのどれにも当てはまらない。
「ふーん、じゃああたしで少しは興奮してるんだ?嬉しいこと言ってくれるじゃない、エロキョン」
エロ言うな。
「ほらほらー、あたしはキョンの彼女なんだから、もっと見てもいいのよ、触ってもいいのよ〜?」
やめろ、必要以上に密着するな、当たると嬉しいが今は生き地獄なものが当たってるんだよ…。
「あ、今触った!もう、キョンのえっち〜」
えっち言うな。
ハルヒはやはり俺よりかは気持ちに余裕があるようで、温まっているときも、体を洗っているときも色仕掛けまがいの攻撃を続けてきた。
その度に俺の脳内で理性のゲージがレッドゾーンへと近付いていったのだが、何とか俺は耐え続けていた。
いっそ楽になっちまえよ、などと悪魔のささやきが聞こえてきたときはさすがにやばかったが、

『信じてるから。キョン…大好き』

ハルヒの笑顔と共にそのセリフが脳裏に浮かんできた瞬間、その悪魔には銀河の彼方までご退場願った。
今はまだ、そのときじゃない。
俺は、自分の勝手な欲望でハルヒの笑顔を壊すような真似だけは絶対にしない、と心に誓っているからな。
俺はあのSOS団団長、涼宮ハルヒの彼氏だぜ?なめんなよ。

まあ、その団長様は現在、俺の目の前でバスタオルの裾をチラチラめくっているのだが…


「ほらほらキョン〜、グッときた?グッときた?」

人の気も知らないで…。
俺の深い溜息が、広い浴場に響き渡った。





風呂からあがると、そろそろいい時間になっていた。どうする?夜更かしして遊ぶのもいいが…
「ねえ、明日は日曜よ?明日も遊びに行きましょうよ」
そうだな、それなら早寝するのが得策だ。
「じゃあ寝ましょ。あ、今日も一緒のベッドだけど…」
「お前がいいなら、俺はかまわんぞ」
「うん、じゃああたしの部屋に行こ」

そう、ハルヒの家に急に泊まることになった俺に来客用の布団などあるはずもなく、昨夜はハルヒのベッドで眠ったのだ。
そして今日もハルヒのベッドで寝る…まあ、今日はいくらか気分も落ち着いている。
それでも緊張はしてるけどな。


昨日と同じ、若干小さめのダブルベッド。
それでも、二人で眠るにはなかなか広い。
まずはベッドの主であるハルヒが先にベッドに入り、
「さあ、明日も朝から出かけるんだから、早く寝るわよ!」 
と言って、俺のためにスペースを空けてくれる。
俺もベッドの中に失礼させてもらい、さて寝るかと思ったのだが…。

しかし、ここで俺に小さなイタズラ心が芽生えた。
さっきの風呂の仕返しだ。

「なぁハルヒ」
唐突に俺が呼ぶと。
「ん?なぁに?」
とハルヒが振り返った。今だ!

俺はそっと、ハルヒの唇を奪ってやった。
奇襲攻撃、成功だぜ。
昨日はまったく反対の立場でやったっけな、これ。
「ちょっ…キョン!?」
ハルヒは顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせている。
「今のは事故だ」
さらりと言ってやる。
そしてハルヒに目一杯の想いを込めて…
「ありがとうな」
昨日言われた心からの感謝の言葉を、今日は俺から送ることにした。

「もうっ…バカキョン」
ハルヒは拗ねたような口調だったが…
「…大好き」
笑顔だった。

そして、今度はハルヒからお返しのキスをもらった。

「今のは事故よ」
そうかい。

「わかってると思うけど、もしあたしが寝ている間に変なことしたら死刑だからね」
「ああ。そんなことするかよ」
俺は、お前の笑顔を壊すことだけは絶対にしないと心に誓ってんだ。
なんたってお前の彼氏やってんだぜ?
それだけは、絶対に保障するさ。

「ふふっ、ありがと。じゃあ、おやすみ、キョン」
「ああ、おやすみ、ハルヒ」

「ねえ、キョン…」
「ん?なんだ?」

「………ぎゅって…してくれない?」
「………はい?」

「お願い…」
「…やれやれ」

そうして、俺は、
普段は強がって、自信満々で、傍若無人で、
でも本当は甘えん坊で、寂しがりやで、誰よりも純粋な、
愛しいお姫様を、
…そっと、抱きしめた。

「キョンって…あったかいね」
ハルヒが小さくつぶやく。
「ハルヒも…あったかいぞ」
俺も小さく言い返してやる。

頭の中に、昨日からの様々な場面が浮かんでくる。
皆は知らない、ハルヒの素顔。
俺だけが知っている、ハルヒの素顔。





俺はこれから、こいつと共に歩んでいくんだ
俺はこれから、ずっと守っていくんだ

こいつの、この笑顔を―――





明日は、どこに行こう
どんな楽しいことをしよう
どうやって、こいつを笑顔にしよう

そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
意識が眠りに落ちる瞬間、俺は確信していた。


―――今夜は、とてもいい夢が見られそうだ。







あとがき

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました☆
 
なんというか…突っ込みドコロが満載ですね;
え?DVDのセリフが激しくどこかで見たことある?
いや、気のせい気のせい…

…スミマセンorz

ともかく、『幸福』ネタの使用許可をくださったフェンさん
並びに、最後まで読んでくださったあなた様

本当にありがとうございました!!

by 王道100番