涼宮ハルヒの幸福14 12/28
「ここ…か…」
キョンの驚いたような一言。
正直わたしも少し驚いていた。
手術が控えてて絶対安静ってのは、わかるんだけど…
「すごい…」
個人部屋でここで暮らせるんじゃないかってぐらい家電が揃っていた。
どうやらこの病院に古泉君の親戚が務めているらしくかなりの格安値段でこの部屋が借りれると、キョンは言っていた。
部屋の番号は。
505号室…
一番SOSに近い数字…
一昨日の事。
キョンは決心して医者に電話した。
返事は「すぐに準備をする」 という一言だったらしい。
そして体調を整えるため、という事で入院する事になった。
手術は…五日後…
キョンはまだ体に異変がないのか見るからには体調は良さそうだった。
「ゴホゴホ…」
「大丈夫…?」
「心配するな、ただの咳だ」
「ならいいけど…」
こんな時でも強がるキョン。
少しぐらい本音をいいなさいよ…
キョンはベットには行かずに荷物だけ置いて
「散歩でも行こうか」
と、誘ってくれた。
暖かいキョンの片手を感じながら冬場の風に当たっていた。
散歩といっても、ただ病院の周りをグルグル周るだけ。
それだけでもキョンと二人っきりでいられる事が嬉しかった。
隣にいるやつの顔はどこか楽しそうだった。
「ニヤけてるわよ?」
「ん? あぁ」
「キョン、子供は何人欲しい?」
意表をついた質問なのか、キョンは驚いていた。
「何人でもいい」
「じゃぁ二人ぐらいね」
「ちょうどいい人数かもな」
「多分、私みたいに何でも出来る子になるわね」
「否定はできんな」
クスクス笑うキョンが、なんだかムカついた。
でも笑顔で返してやった。
こんな時間が続いて欲しい。 終わらせたくない・・・
「そろそろ戻るか」
「うん」
病室まで戻ったわたしたち。
色々と荷物を整理していたら医者が飛んできた。
「こんにちは」
なんか怖そうな医者・・・ いかにも悪の組織に入ってそうな・・・
「お久し振りですね」
キョンも悪の組織の一員だったんだ・・・
なーんてね、愛する人がそんなんだったら困るわよ。
「覚えててくれましたか」
「そりゃぁ、お世話になりましたから」
お世話になったんだ。 実は改造人間にされたとか?
そんなんだったら体バラすわよ? キョン。
「手術は5日後を予定しております。 しかしあなたの体調次第で前後する可能性もありますのでご了承ください」
「はい」
力強いキョンの返事だった。
「これだけ言っておきたかったのでそろそろ失礼します」
「そうですか、よろしくおねがいしますね!」
医者はこちらをニッコリと笑い去っていった。
実はいい人なんじゃないのかしら?
よく悪の組織の中でも裏切って正義のやつらの仲間になることだってあるし。
「どうだった、ハルヒ」
「なによ」
「今の人。 いかにも黒幕って感じだったろ」
キョンもそうゆう風に思ってたんだ
「そうね、でもいい人っぽそうだし」
「いや、実際かなりいい人だぞ?」
「ふ〜ん」
「ふ〜ん、って・・・ 興味ないんかい」
「キョン以外の男の人は興味無いわ」
キョンは『は?』と疑問を言いたそうな顔でこちらを見てきた。
しかしその顔はすぐに戻り
「そっか」
と一言だけ言って冷蔵庫からジュースを取り出した。
「ハルヒもいるか?」
「あ、うん」
キョンから缶のパスが来た。
それをキャッチして蓋を開けて飲むことに。
「ハルヒ」
「なに?」
「心配しなくていいからな?」
「心配? あんたは自分で100%戻るって確信があるから手術するんでしょ?」
「あぁ・・・」
「なら別に心配なんてしてないわよ、絶対に戻って来るんだし」
本当は胸が潰れそうなぐらい心配していた。
それ以上の不安、恐怖・・・
本当は手術なんてしないで欲しかった・・・
もしかしたら・・・ この5日がわたしとキョンの・・・最後の・・・最後の・・・
「ハルヒ・・・?」
「なによ・・・」
「大丈夫か・・・?」
「なんでよ・・・」
自分でもわかる・・・ 少しだけ・・・ 泣いている事が。
でもキョンには気づいて欲しくなかった・・・ 気づかないフリしなさいよバカキョン・・・
「あんまり無理するなよ・・・?」
「してないわよ!」
「なぁ・・・」
気づくとキョンの手はわたしの背中にまわっていた。
「頼むから悲しむような顔だけはしないでくれ・・・ それだけで俺は死にそうなんだ・・・」
「何よそれ・・・ 重症なんじゃないの・・・!?」
「ハハハ・・・ そうかもな、だから頼む。 悲しまないでくれ。 辛いなら帰ってもいい」
「キョンと一緒にいられない方が辛いわよ・・・」
「ハルヒ・・・」
背中が痛むぐらいに強く抱きしめられていた。
痛さなんてどうでもいい・・・ こうしてキョンといたいから・・・
だけど・・・ わたしはキョンの後ろに手がまわせなかった・・・
ずっとキョンの胸の中で泣いていた。
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あれから二日後。
信じられない事が起きた。
家に帰って着替えとシャワーだけ行ったわたしはすぐに病院へ向かった。
キョンの病室、505号室はやけに騒がしかった。
中で何が行われてるのか知らないけど。
その光景を見て、わたしは・・・
「キョン・・・?」
「急いで!」
「はい!」
「そこからここまで」
「これはどうすれば」
「いい、置いておいて!」
中では医者と看護婦が集まって何かしていた。
キョンは酸素マスクを着けて・・・
後ろから看護婦が来た。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
呼びかけられた・・・ そんな事してる余裕があるなら・・・ キョンにしなさいよ・・・
「そのキョン君の事です」
わたしは振り返って話を聞くことにした。
廊下を少し歩いていき静かな場所に来た。
「キョ・・・キョンは・・・ どうなったんですか!?」
「先ほど様態が悪化して・・・ 今出来る限りの事をしています」
「何それ・・・ キョン・・・が・・・」
信じられなかった・・・
後三日は大丈夫だと思ってた・・・
頭の中が完全に真っ白になった・・・ 考えたくない事になるかも・・・しれない・・・
なんでよ・・・ バカキョン・・・
まだ最後のお願い聞いてもらってないのに・・・
これで死ぬなんて許さない・・・ 絶対に許さないから・・・
だから・・・ まだ死なないでよ・・・!
「何かあれば連絡しますので、外で待っていてください」
「はい・・・」
もう足も普通に歩けない程に震えていた。
壁に寄りかかり歩こうとした
「あ、いたいた!」
医者が走ってきた。
「どうかしたのですか?」と看護婦
「急にあの子が安静になってね、心配してるだろうと思って伝えにきたんだ」
ふぅっ・・・ と不安が消えて少しだけ安心が生まれた
「会ってもいいですか・・・?」
「あぁ、来なさい」
医者とキョンの部屋まで歩いていき中には酸素マスクを着けたキョンが寝ていた。
「大丈夫・・・? キョン・・・」
すると医者が
「今は麻酔が入っているから寝ているよ」と
その寝顔を見ただけですごく安心した。
近くの椅子を引きキョンの寝ているベットまで寄せてキョンの片手を取った。
「心配したじゃない・・・ バカキョン・・・」
もちろん返事は返ってこない。
「いっつも無理ばっかりしてるからこうなるのよ、わかった?」
すると廊下からバタバタする音が聞えた。
「キョンくん!」
キョンの妹・・・ そうだよね・・・ 心配してるのはわたしだけじゃないもんね。
「ハルヒさん! キョンくんはどうなったんですか!?」
「安心して、今は大丈夫ってお医者さんが」
「よかったぁ・・・」
中学に入った妹ちゃん、どこか昔より大人びた感じだった。
すると後ろからキョンの両親が来た。
「あら、こんにちは涼宮さん。 この様子だとキョンは大丈夫そうね」
察しがいいですね。
「こんには・・・」
「キョンも大丈夫そうだし、帰りましょ」
「でもわたしキョンくんの傍にいたい!」
「だーめ、キョンは安静にしてないとだめなんだから」
気を使ってくれてるような感じだった。
「ハルヒさん、わたしの分までキョンくんの傍にいてあげてね・・・?」
「うん」
それから数時間経った。
ずっとキョンの寝顔を見ていたかったけど睡魔が襲ってきた・・・
『・・・ル・・・ろよ』
『ハル・・・ おきろよ』
『ハルヒー、起きろってば』
わたしはガバッと起き上がった。
「うおぉ、ビックリした・・・」
目の前にはキョンのマヌケ面が。
「キョン・・・?」
「そうだが?」
「よかったぁぁぁ!」
キョンに飛びついた。
「ど、どうしたんだよ」
「あんたが急に様態が悪化するから・・・ 昨日一日丸潰れだったじゃない!」
「あぁ、すまん・・・」
「今謝ったわね・・・」
「ん? ・・・あっ・・・」
「殺す代わりに一つお願い」
「お前お願いまだ残ってただろ?」
「別よ別!!」
「で、なんだ?」
「キスして・・・」
その瞬間キョンはわたしの口を口で塞いだ。
まるで準備していたように・・・
数分は同じ事をしていた。
でもすごく短い時間に感じた。
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キョンが入院してから、5日目・・・
この日がきてしまった・・・
高校に入学してから今日までの日を永遠に繰り返してもらっても構わない・・・
「準備はいいですか?」
医者が来た。
「はい」
キョンの決心。
「なら行きますか」
「ちょっと待ってください」
キョンが止めた。 理由はわからない。
「どうかしましたか?」
「ハルヒ、これ」
「え?」
渡されたのは封筒。
一週間ほど前にわたしがキョンに付き返したもの・・・
「なんで今渡すのよ・・・」
「最後かもしれないしな」
「最後なんて言わないでよ・・・」
「いや、だって・・・」
「ふざけないで・・・ これが最後なんて絶対に言わないで・・・ まだ一緒にいるんでしょ!?」
「そうだが・・・」
「あんたが約束したんだからね・・・ 心配するな、戻ってくるって・・・」
「・・・ハルヒ」
「なによ・・・」
「returns absolutely」
「え・・・?」
急に英語喋るからビックリした・・・
「何カッコつけてんのよ・・・」
「言葉通りだ。 お前ならわかるだろ・・・?」
「当たり前よ・・・ もし戻ってこなかったら・・・ 許さないから・・・」
「あぁ」
事情を知っているキョンの母親は少し涙を流していた。
4人の看護婦と一人の医者に身守られる中で最後のキョンとのやりとりが終了した。
「キョン・・・」
「ん?」
「これが最後のお願い…」
「生きて… キョン…」
「そのつもりだ」
「一人で行くなんて許さないから…」
「あぁ、忘れるな、『願えば叶う』」
「バカ・・・」
キョンは最後にフフンと笑って手術室に入っていった。
そして手術中のランプが赤く光った。
「涼宮さん・・・」
キョンのお母さん・・・
「これから長い手術になると思いますけど・・・ 帰っても大丈夫ですからね?」
「いえ、いさせてください」
「そうですか。 その方がキョンも喜びますね」
数時間が経過した。
何も変わらない・・・ わたしはずっと椅子に座ってることしか出来なかった。
今はAM3;40・・・ ずっと起きてたかったけど・・・ もう・・・
バカキョン・・・
女の子を悲しませたら天罰がくだるんだからね・・・?
絶対に帰ってきなさいよ・・・?
じゃないと死刑だからね・・・
ありがとう・・・ キョン・・・ そしてごめん・・・
ばいばい、なんて・・・ 言わせないから・・・
わたしが起きる頃には元気に第二体操でもしてなさいよ?
おやすみ。 キョン。