涼宮ハルヒの幸福12 12/27


さようなら、なんてまだわからない。

俺が母親から言われた事は
「今すぐ病院に行きなさい」

どうやら先程電話で医者から言われたようだ。
その言葉だけ言い残し母親は早歩きで隣の部屋に入っていった。


とりあえず病院に行こう。

階段を2段飛ばしで上がる俺。
部屋の扉の前で少し悩んだ。

ハルヒをつれていくべきか?

そんな事してよろこぶはずは無い。
ただ悲しませるだけかもしれない。

しかし扉の向こう側からは微かな泣き声が聞こえた。
声の主は一人しかいない。
それを聞くだけで俺は胸が痛くなった。
もし愛人がいつ死ぬのかもわからないのに普通に接していられるはずがない。
俺なら、もう頭が混乱しているだろう。
しかしハルヒは強い。
俺がいる所では泣かずに一人でなく。
俺にはそんな事出来ない。

ゆっくりと静かに扉を開けてみる。

ハルヒはベットに横になり枕で顔を押さえて泣いていた。
静かに。



「ハルヒ…」
「キョ…ン… わたし、わたし…」

ハルヒの声からは恐怖が感じられた。
小刻みに声が震えている。
ゆっくりとハルヒの傍まで歩いて行き静かに頭を撫でた。

「キョン… いやよ… わたし… 今が幸せなのに… これが奪われるなんて…」
「ハルヒ…」
「いやなのぉ…! ずっと傍にいてよぉ…!」
俺だってお前の傍にいたい…
だけど…
「お願いだから…! お願いだから行かないでよぉ…!」
ここ数日間、まったく口に出さなかったこの事。
ビルが崩れたようにハルヒも崩れた。
不安が募り、一気に爆発した。
俺はハルヒを抱き締めて頭を撫でる事ぐらいしか出来なかった。
「なんでよぉ…! なんでなの…!?」
背中に周っているハルヒの手の力が更に増した。
「わたしが代わりになるから! だから死なないでよぉ…!」
「そこまで…」
ハルヒが俺を愛してくれてる事なんて十分わかっている。
しかしハルヒは自分の命を使ってでも俺を助けたいと思っている。
俺にそんな勇気は無かった。
俺には決心が足りなかった。
十分にハルヒの事を愛しているのにそれが最高値じゃなかった。

それだけで心臓が押し潰されそうだった。
情けない俺。
ハルヒの気持ちに完全に応えられなかった。
ごめん… ハルヒ…

「いいの… 十分だから…」
十分じゃない…

「キョンが好きなの… 死なないでよ…」
「お願い… キョン…」
「お願い… おね…」

自分の口でハルヒの口を塞いだ。
それ以上聞きたくなかった…
最悪だよ、俺は…

「キョン…」
ハルヒの顔からは涙が通った後がいくつも見られた。
目は潤み。
肩は小刻みに震え。
口は何かを求めるかのように。

何度も何度も同じ行為を繰り返した。
お互いの気が済むまで。







「ハルヒ」
「なに…?」
「今から病院に行くがお前はどうする?」
「…」
「辛いなら来なくていい」
「…行く…」
決心したような強い言葉だった。








タクシーを呼び止めて大型病院まで運んでもらった。
インフルエンザが流行っている時期のためか、周りのほとんどの人はマスクをして咳込ん
でいる。
俺もハルヒも予防摂取を受けているためそこまで心配する必要は無い。

保険書を提示してからすぐに俺の名前が呼ばれた。

「ハルヒ、待ってるか?」
「う、うん… 待ってる…」
普段からじゃ見えない弱弱しいハルヒの姿だった。
その姿に耐え切れずにすぐに目を逸らした。








「しつれいします」
軽いスライド式の扉を開いたら早速座らせられた。
机の上には明るいライトがバックの掲示板みたいなのに何枚もの写真が付いていた。

「早速ですが、君は自分の症状を知ってますか?」
「いえ… 誰からも聞きませんでした」
医者の顔は考えられないほど真剣だった。
黒幕おじさんだったら接しやすかったのにな…

「あなたの症状は…」
部屋の中が静寂に包まれた。
ゴクリッと唾を飲み込んだ。
妙な間を開ける医者。









「肺癌です」







今まで自分でまったく自覚がなかった。
癌と言えばその部分が痛くなったりするのでは…?

「あなたの場合少し厄介でしてね…」
そりゃぁすいませんね。

「あなたの肺癌は気管支の粘膜上皮から発生しています」
「それが厄介なんですか…?」
「肺癌というのは場所により発生してもかなりの期間は気付かないまま患者は無症状になります」
「はぁ…」
ただ聞く事しかできなかった。
「そういえば、最近咳や痰が多いいんですがこれは?」
「それが肺癌の症状です、この写真を見る限りこの癌は急激な成長を進めています」
「どうにかならないのですか…?」
医者は表情を暗くした。
「手術が成功すればもう大丈夫ですが…」
「なら手術しましょうよ」
「成功率は極めて低いものだと思われます…」
わずかな希望が消え去った。
「とりあえず今日は、あなたにお話しておきたかった、手術するかしないかはあなたの自由です」
周りの物を全て破壊したい気分だった。
「失礼しました…」
重い足取りで部屋を出た。
全てが黒く染まって見えた。
上下左右全てが暗黒の世界。
何もかもがいやになった。
一筋の光だけが見えた。
「ハルヒ…」
「キョン? どうしたの…?」
「ごめん…」
「なんで謝るのよ…?」
ハルヒの顔には心配以上の不安が見えた。
「キョン…?」
「ごめん…」
その言葉を言い放ちハルヒの横の椅子に崩れ墜ちるかのように座り込んだ。

そっとハルヒは俺の手を握ってくれた。
ハルヒが真の女神なのかもしれない…
女性にここまで支えてもらえるなんて今まで考えもしなかった。
「大丈夫…?」
「あぁ… 心配かけたな…」
「いいわよ、気にしないで…」
「ありがとう…」










帰り道。
タクシーから降りても互いに声を出さなかった。
出したくなかった。
ハルヒの声を聞いただけでも泣きそうなぐらい今の俺は脆い。

「ここで… お別れだな…」
「うん… また明日、キョンの家に行ってもいい…?」
「あぁ」

ハルヒは作り笑顔だった。
俺が苦しくなる…











家について親からの質問に一切応えずに部屋に入った。

昼間はハルヒと十分に遊んでいたのにそんな名残はまったくない空気だった。
クソまずい… 排気ガスのような酸素…




















机の上に置いてあったカッターナイフ。

















何も考えずに手に持って刃を出してみた。




















無意識に心臓部の方に刃を立てていた。






















悲しむハルヒを見ずに終われる。
















一番いい選択なのかもしれない。


























刃物を持った右手に力を込めた。
































赤いものが視界に入ってきた。














終わった。